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【浪曲解説】田宮坊太郎 少年時代

浪曲解説

 

田宮坊太郎 少年時代

口演・富士琴美  三味線・沢村豊子

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ジャンルは武芸ものになる。

父が殺された日に生まれた坊太郎、母や親戚は、坊太郎を平穏に暮らさせようと、父の死の真相を隠して出家させるのだが。

 

【あらすじ】 

武芸者の田宮源八郎は四国丸亀生駒家の臣、土屋甚左衛門に見込まれ、村の娘つじを娶り、足軽として仕官した。生駒家は年に一回、殿様の前での武術試合があり優秀な者は登用される決まりだった。剣術指南役の堀常親は、源八郎が腕が立つので、このままでは自分の地位が危ういと思い、罠を仕掛けて、祭りの夜に源八郎を討つ。源八郎は身分が足軽だったため、無礼討ちということで常親は罪には問われなかった。

源八郎が殺された日につじは男の子を産み、坊太郎と名付けられる。七歳まで母のもとで坊太郎は育てられるが、母は坊太郎を平穏に暮らさせようと、父の死の真相を隠して、出家させる。坊太郎は空仁となり玄要寺で修行するが、賢い空仁はすぐに経を覚え、寺の者たちからも将来を嘱望されていた。

和尚は幼い空仁が母に会いたいだろうと、父の法事に行かせる。空仁は母に寺に戻りたくないと言う。空仁は父が無念に殺されたことを知ってしまったのだ。空仁は寺で学問をするより、武芸を学び父の仇討ちをしたいと言う。

殿様以下重臣が先祖供養で玄要寺を訪れた。一行の中には堀常親もいた。和尚は空仁が何かしでかさないよう、戸棚に閉じ込める。

 

 

 

生駒家】 

舞台となる四国丸亀は、現在の香川県。天守閣を有する城が残っている。讃岐うどんと、どぜう汁が名物。

坊太郎の時代の藩主は生駒氏。美濃の地侍で豊臣秀吉に仕えて重臣となり、生駒親正が丸亀六万石の城主となる。関が原の戦いでは、家の存続のため、当主の親正が西軍、息子の一正が東軍となり戦う。関が原ののち居城を高松に移す。1640年お家騒動で改易となるが、生駒家は旗本として残り、幕末まで続いた。

織田信長の愛妾で、信忠、信雄の母、生駒吉乃の実家の生駒家とは別。

丸亀藩は生駒氏のあと山崎氏、山崎氏が改易のあとは京極氏が治め、幕末まで続く。

 

 

 

物語の前段

坊太郎の父、源八郎は、紀州家の親戚で新宮に一万石の領地を持つ四宮甲斐守の息子。源八郎は幼いうちに肥前唐津の郷士、田宮家に養子となった。四宮甲斐守は野心家で、陰謀を企み紀州家家老の安藤帯刀を罠に落とそうとしたが失敗、追い詰められた甲斐守は帯刀を斬ろうとして供侍に殺される。

源八郎は父の仇を討とうと唐津を出奔し紀州へ行くが、調べてみるに、非は父、甲斐守にあったので仇討ちを諦める。いまさら唐津には帰れず、とりあえず金比羅に参ろうと四国に渡る船中、暴れている武士三人を懲らす。その腕を生駒家の臣、土屋甚左衛門に見込まれる。生駒家では武芸の腕があれば、奉納試合でいい成績の者を登用するというので、源八郎はとりあえず足軽として生駒家に仕官する。

 

 

 

物語のその後】 

 寛永10年、わすか9歳の空仁は丸亀を出奔し、江戸へ行く。還俗し、空仁は田宮坊太郎となり木挽町の柳生屋敷へ行き、柳生宗冬に入門する。

寛永19年8月11日、剣の修業を終えた坊太郎は讃岐へ乗り込み、常親を討つ。つじは仇討ちを見届け、命が尽きる。

坊太郎は縁あって水戸家に500石で仕官するが、21歳の若さで病死する。