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【浪曲解説】若き日の小村寿太郎

浪曲解説

 

若き日の小村寿太郎

口演・天中軒涼月  三味線・馬越ノリ子

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日露戦争の英雄は、乃木希典や東郷平八郎、秋山兄弟だけではない。ヨーロッパ諸国と交渉し、日英同盟を結び戦いを有利にすすめ、ホーツマス条約の全権を任された外交官、小村寿太郎。NHKドラマ「坂の上の雲」では竹中直人が演じて、かなり胡散臭かった。その若き日のエピソード。浪曲のほうがもっと胡散臭く描かれている。

 

 

【あらすじ】

若き日の小村寿太郎は貧しく、家族の食べるものもままならなかった。仕出し屋に毎日、弁当を届けさせて食べていたが、その支払いの金がなかった。

 

 

【史実の小村寿太郎】

小村寿太郎(1855~1911)は日向(宮崎)出身。下級武士の家に生まれ、明治になり長崎で学び、第一回海外留学生として、ハーバード大学で学んだ。司法省から外務省と官僚として活躍し、陸奥宗光に認められて、駐米公使、駐露公使となる。外務大臣となり、日露戦争前には日英同盟を締結、ポーツマス条約の交渉を行い、また、幕末に結ばれた不平等条約の見直しなどにも尽力した。その後も日韓併合などを行った。引退後、葉山の別荘で病没。

別荘で死んだのは、官僚は決して私腹を肥やしてはいけないと常に言い、官舎に暮らし、自分の家を持たなかった。ただ、身体を休めるために小さな別荘を一軒だけ持っていて、引退後はそこで暮らしていた。

背が低く、その容姿から、外国人から「ねずみ公使」「チュー公」などと仇名されていた。若き日にはかなり困窮していて、借金取りと渡り合った経験が外国との交渉で活かされたという説もある。

 

 

【五代目天中軒雲月】

涼月はこのネタを、師匠の五代目雲月より習った。雲月の初舞台のネタが「若き日の小村寿太郎」だった。

四代目雲月一座の公演で、場所は四国の坂出。当時は天中軒月子で、前座ではなく「有望新人」とポスターに書かれた。舞台に出る以上は前座扱いはしない。お金を取る浪曲師としての舞台を務めなければならない。それが四代目の教えだったという。