浪曲ニュース

【浪曲解説】山の名刀

浪曲解説

 

山の名刀

口演・東家浦太郎 三味線・伊丹秀敏

作・野口甫堂

こちらからご覧ください

 

 

講談では「善悪二葉の松」あるいは「名刀捨丸」などの題でも演じられている。

兄弟が別々の道を歩く。弟は勤勉な百姓、兄は故郷を出奔し、極悪な盗賊になっていた。この二人が山の中で運命の再会をするという人情話。

 

 

 

【あらすじ】

木曽の山奥に住む百姓の治三郎は家を立て直すために江戸に出て働き、十年掛かって稼いだ金を懐に故郷に帰る道中、道に迷う。山の中で泊まった家は盗賊、捨丸の家だった。捨丸の女房は治三郎を逃がそうとするが、見付かってしまう。捨丸に懐の金から身包み盗られ、狼よけに古い刀を一ふりだけもらった治三郎、捨丸は山を降りて行く治三郎を種子島で射殺しようとするが、治三郎は運よく助かる。ふたび江戸に出て、元の奉公先を訪ねる治三郎。もらった刀は「捨丸」という名刀だとわかり三百両で売れる。治三郎は金を捨丸に渡そうと、ふたたび捨丸の住処を訪ねる。そこで意外なことがわかる。

 

 

【野口甫堂/東家楽浦】

台本は浦太郎の師匠である東家楽浦の手による。楽浦は野口甫堂のペンネームで多くの浪曲台本を手掛けている。寄席読みの名人と言われ、作家の正岡容がエッセイでその芸を絶賛している。

当代浦太郎の師匠であり、初代浦太郎の師匠でもある。初代浦太郎の十八番「野狐三次」も楽浦の台本である。

東家楽浦(1898~1978)は東京、日本橋小伝馬町の生まれ。22歳で二代目東家楽遊の弟、東家小楽遊の弟子となり、楽浦となる。しかし一年ちょっとで破門となり(当時は師匠の気分で破門に出来た)、港家小柳丸らのもとに厄介になる。楽遊の節を基本に、小柳丸の寄席芸を学び、楽浦の芸は作られていった。

「野狐三次」のほか、「夕立勘五郎」「大岡政談」「ねずみ小僧」など講談をもとにした連続もの、「山の名刀」「たぬき」などの一話完結のネタなど多くの台本を手掛けている。

たとえば、「野狐三次」の節で「それよ、とばかりに出が掛かりゃ」の「それよ」という掛け声を入れるところなどは、いわゆる机の上で書いている作家の手ではなかなか作ることが出来ない。語り手でなければ作れない文句だと思う。

昭和45年、浪曲の衰退期に、根岸興業部に働きかけて木馬亭で浪曲定席を開設した、浪曲界にとっての恩人でもある。

 

 

【浦太郎から弟子たちへ】

楽浦は寄席読みの名人で多くの台本を残したが、作品と芸は、初代浦太郎や当代浦太郎に受け継がれた。とくに初代浦太郎は、戦後の四天王の一人として一世風靡、「野狐三次」「夕立勘五郎」などの楽浦作品の録音が残っている。

当代浦太郎は現代浪曲界を牽引する重鎮、本作「山の名刀」はじめ、「野狐三次」「夕立勘五郎」はもちろん「名工昆寛」「大岡政談」「神田松五郎」など、楽浦作品を多く継承、それらのネタを瑞姫、一太郎ら弟子にも伝えている。