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【浪曲解説】銚子の五郎蔵~五郎蔵と初五郎

浪曲解説

 

銚子の五郎蔵~五郎蔵と初五郎 

口演・東家浦太郎  三味線・東家一太郎

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浪曲にはいろいろなジャンルのネタがあるが、やくざを主人公にした「侠客伝」は人気の演題である。「清水次郎長伝」「国定忠治」「天保水滸伝」などで、「弱きを助け、強きを挫く」を信条としたアウトローたちが「義を重んじる漢(おとこ)の世界」で活躍する物語だ。義のために己を捨てて戦うアウトローヒーローたちの活躍が、浪曲の哀愁あふれる声音に乗せられ語られる。そんな浪曲に一昔前の客席は熱狂した。

 

 

【あらすじ】

銚子の五郎蔵という下総銚子の大親分が仕切る祭りで間違いが起こり、勝浦の漁師三人が五郎蔵の身内に簀巻きにされて海に投げ込まれて殺された。五郎蔵は三人の妻子の面倒を見ると言うが、勝浦の親分、那古の初五郎はそれでは済まないと、勝五郎との果し合いを申し込む。

 

 

【銚子の五郎蔵】

江戸後期の侠客。下総の銚子あたりの親分だが、博徒ではない。網元で、堅気であったが、腕力が強く、義侠心に富んでいたため、子分が集まっていた。博徒ではないので「親分」でなく「網の旦那」と呼ばれていた。

「天保水滸伝」でおなじみの飯岡助五郎、笹川繁蔵も、もとは五郎蔵の子分だったが、この二人が袂を分かつ。浪曲、講談では武家の出で、父は安房館山稲葉家の臣だったという設定になっている。

 

 

【佐原の喜三郎・紋三郎の秀】

五郎蔵には、飯岡助五郎、笹川繁蔵の他にも、浪曲、講談、落語のネタになっている子分がいる。「五郎蔵と初五郎」の冒頭で出て来る佐原の喜三郎、紋三郎の秀(またの名を笠間の秀)は他のネタで主人公として登場する。

佐原の喜三郎は佐原の名主の子だが、弟に家を継がせ、博徒となった。五郎蔵の身内となるが人を殺して捕縛され八丈島に遠島となる。だがのちに、八丈島から黒潮を越えて島抜けをした。明治時代に談州楼燕枝が語った人情噺「島鵆沖津白浪」の主人公として知られ、佐原には墓所もある。

紋三郎の秀は浪曲ネタでは、堅気になった喜三郎を助けて、悪い捕吏の手先を斬りまくるネタがある。映画、小説などの題材にもなっている。

 

 

【下総は無法地帯】

江戸時代、下総は天領(幕府の領地)、大名領、旗本領などが細かにあり、行政が分かれていた。たとえば、天領で犯罪を犯しても、大名や旗本の領地に逃げてしまえば天領の役人は手が出せない。そんなところから博徒が集まった。幕府や大名、旗本は、力のある侠客に十手を預け治安維持に当たらせた。そんな中で、銚子の五郎蔵や飯岡助五郎が勢力を伸ばしていたのだ。

 

 

【初代~二代へ】

これらの侠客伝の多くは、講談より野口甫堂(東家楽浦)が浪曲に脚色。初代東家浦太郎が口演し、一世風靡した。二代浦太郎が語り継いでいる。